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2011/10/17 10:00 · ひとりごと

メインの携帯電話をスマートフォンにする気になれない、ってのは何度も書いた話なんですが、私の周囲って、どうも私と同じように考えている人が多いんですよね。この間そんな中の一人とケータイ売り場で話していて。

「何でみんなスマホばっかなんだろうね、普通の電話がほしいだけなのに。普通の電話もスマホがあるからって甘えて図体のでかいのばっかになってる。こんなデブケータイいらないんだけど。」

うんうん。

「っていうか、スマホって、終わってるよね。終わったネタ。10年ぐらい前にソニーのCLIE買って遊んで、終わったネタ。いまさら『なんでもできるぞー』は無いよ」

え、あ、そう?

「『なんでもできるぞー』なんてのは遊びじゃん。電話とメールしたくて携帯電話契約してるのにそれ以外のことできる必要なくね?」

ごもっとも。

「余計なこと出来なくて良いから、電話とメールが何も気にせずに片手親指だけでしっかり出来て、アップデートがどうとか設定がどうとかOSバージョンがどうとかなーんにも知らなくても長く使える電話機がほしいんだよね」

じゃぁ普通のケータイ買えばいいじゃん。

「だからみんなスマホスマホ言ってて普通のケータイがほとんど選べなくなってるから愚痴言ってるんですぅ!」

ってことのようです。まぁ、私個人としては禿げ上がるほど同意なんですけどね。なんつーか、世の中シンプル化から再びコンプレックス化に向かっている感じがするんですよね。シンプル&ミニマムが大好きな私としては不本意なことに。

たとえば、腕時計なんてのは、針が三本とリューズが一つあれば良い派。実際そうだし。しかもリューズで時間合わせるのも省略したいし電池交換なんて処理も省略したいから、電波&ソーラー。すごくシンプル。これ以外何もいらない。何も気にせず腕につけるだけで全ての役割を果たしてくれる。これが私のベスト。

テレビも、HDD付きとかBD付きとかは絶対無理。テレビは画像を映し出すことに専念してほしい。HDDやBDは専用機をつけます。これであれば、それぞれ単一の機能を、その時々の要請に合わせて新しいものに買い換えていけばいい。それが一緒になっていたら、HDD容量が足りないってだけで受像機ごと買い替えなんて面倒なことに。

一つの機器に対して、「操作できるパターン」が少ないほど、その機器は洗練されている、と感じるタチなんですよ。操作できるパターンが大量にあるってことは、使う側が判断しなければならない余地が大量にあるってこと。作る側が考えることを放棄して使う側に投げ出しているということ。

確かに、一般のフィーチャーフォンも操作パターンの多さで言えばひどいものです。でもそれでも、スマホに比べたら。スマホ、画面の任意の一箇所をタッチするという動作に、何種類の機能があるでしょうか。答え=ほぼ無限。そのときアクティブになっているアプリによって全て違う機能が働く。それが全ての画面の位置に対して成り立つわけです。放りっぱなしもいいとこ。資源豊富なジャングルの真ん中に放り出されて「ほら食べ物も水もあるしその気になれば石油だってほれるかもよ、後は勝手にしな」って言われている感じ。快適な生活ってそんなんだっけ?

やっぱ快適な生活って、どこかの誰かが勝手になんかのエネルギーを輸入して作ってくれた電気をそんなこと知らずにコンセントにプラグ挿すだけで使えて、どっかの誰かが勝手にお金と資材と技術者と作業者を集めて作ってくれた道路をそんなこと知らずに自由に走れて、どっかの誰かが勝手に作った会社に契約書一枚出すだけで住む家が確保できて、どっかの誰かが勝手に綿花だの蚕だの石油だのから作った繊維を元に作った衣服を紙切れかコインと交換するだけでもらえて、そういうことだと思うんですよ。

自分で開拓する楽しさ、自分で見つけ出す楽しさ、自分で作り上げる楽しさ、そういうものを否定するつもりは無いけど、それはやっぱり「楽しみ」の範疇で、「生活」じゃないんですよね。だから、「楽しみ」のためにスマホを持つことには躊躇しないけど、「生活のための電話機」をスマホにしようとは思わない。そういうことだと思うんです。

正直、今でも上記の楽しみはいろいろと持っていますけど(このサイトもそう)、やっぱり「終わったネタ」感は否めないんです。ちっちゃい頃から遊びと言えばそうじゃないですか。秘密基地とか小川のダムとかくだらないワンキーゲームとか自転車搭載仕様無線機とかそういうくだらないものを作って遊んできたわけじゃないですか。基本的に小学生レベルなんですよ、「なんでもできるぞー」っていう世界に浸って遊ぶって。もちろん、そうやってスマホで遊ぶときの私の精神も小学生レベルに戻ってますけど。スマホで遊ぶのはある種のノスタルジックな、原始的な遊びと言う感じなんです。

先進的で便利で快適な生活をしたいというナマケモノのオッサンとしては、そこで「あえて不便なものを楽しむ」的なスマホを、生活のツールには出来ないってことなんです。うーん、いくら言葉を重ねても伝わらない気がしますが。

まぁなんとなく尻切れトンボな感もありつつ、私はこういう理由で、スマホはメインには出来ないなぁ、と思っているという独り言でした。


追記:「だったららくらくホンでいいじゃん」と言うコメントを大量に頂いています。まさにその通りで、実際その人も、「らくらくホンが機能的にはベストだ」と断言しています。結局問題は「選べない」ことですよ。機能じゃなくて、デザインが。ファッション的な位置づけとして、違ったデザインの電話機を持ち歩きたいという要求に対して答えられるものがどんどん無くなって行っている、ってことです。デザインを選びたかったら不便なスマホを持て、と言うのはいくらなんでも乱暴なんです。要するにらくらくホン程度の機能の電話機で、いろんなデザインのものを出して欲しいってこと。なんです。


追記:あまり関係ありませんが、この記事がひどいSPAMコメントを受けました。書き込んだのは、株式会社A(少なくともその社員)です。ログも取ってあります。


追記の追記:株式会社A様より再発防止に努める旨、ご連絡をいただきましたので、実名掲載を取り下げさせていただきます。

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2011/10/17 10:00 · ひとりごと · (No comments)
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