前回:フィクション連載「震災の日」~ある携帯電話事業者社員のつぶやき [01]
運用センター内。すぐにオペレーションルームに招き入れられる。端っこの打ち合わせスペースにPCが十数台並び、横に30台くらい積みあがってる。一人が全部の端末の間をひらひらと飛び回って何かしている。多分、各部の外出用PCを急遽運用端末に仕上げているんだろうな。
と思っていたら案の定その場所に案内され、一人一台、運用端末仕上げの残り作業(経過を見守ってOKボタンを押し続ける)をするよう指示される。
まだインストールは終わらない。その間にオペレーションルーム内の様子を観察。時々大声が聞こえる。何局電源が落ちたとか何局通信が途絶しているとか言う声。ひっきりなしにアラームランプが点る。「何かあったときのための赤ランプ」なのに、もはやほとんど意味がない。
正面の大スクリーンは障害アラームのリストでぎっしりと埋まってしまっている。その隣の中スクリーンではNHKのニュース。大津波警報、既に到達している見込み、と何度も繰り返しアナウンスしている。岸壁を乗り越える津波の映像。
話を聞いていると、津波のせいか分からないが、多くの基地局と収容局のいくつかが地震からかなり遅れてつい先ほど通信不能状態に陥ったらしい。
東北運用センターとは連絡がつかない模様。本当は近い東北センターから監視と障害切り分けをするのがベストなんだけど、東京から連絡がつかないということはあちらでは対応できていないと想定するのが原則で、東京からの遠隔復旧策を立てる方針。向こうでもいろいろ手は尽くしているはずだけど。
東京都内でも呼量溢れが瞬間的に発生し、いくつかの局ではまだ解消していないらしい。こちらも東京の通信がマヒ状態に近く、規制の投入で落ち着いてはいるけれど、中継網の逼迫がかなりやばいみたい。パケット網はバルクの帯域制限が入るかも。
まだインストールは終わらない。観察継続。
オペレータの多くがオペ端末から途絶している基地局へのアクセスをチェックしている。災害時に多くの局が倒れるような場合、特にいくつかの局はセル半径拡大カバー要員で、そういった重要局から順に復旧を試みる。
しかしそもそも、経路上のどこで途絶しているのかが分からないという状況。東京から東北センターまでの間かもしれないし、東北センターから収容局までの間かもしれないし、収容局内かもしれないし、その先のバックホールかもしれない。
物理的に切れたのか停電などで論理的接続が切れただけなのか、論理接続が復旧しないのはコマンドリセットが必要だからなのかネゴ用リソースが足りないからなのか。いろんな可能性を試していく必要がある。
運用にいた頃はこんな大災害は無かったのでマニュアル上の話でしかなかったけど、今目の前でそれをやっている。もちろんマニュアルどおりにうまくは行かない。というか、今ある情報でできることはアラームチェックとpingとリセットコマンドだけ。
経路上のどこかまでアクセスがチェックできたと思ってその先をチェックしてもダメ、一度戻ってみるとなぜかそっちもダメになっていたり、なんてことが頻繁に起こっている。ネットワーク輻輳でTCP/IPレベルでの損失も起きている模様。これじゃぁ何が起こっているのかを把握するなんて無理。
一人なんて泣きそうな顔だよ。あーあ。不謹慎だけどあっちの担当じゃなくてよかった。
運用端末稼動。その直前に、担当者が一人、紙束を持ってきて、助っ人に数枚ずつ大雑把に手渡す。紙は、運用対象の収容局リスト。それぞれの収容局下のノードの状況把握と、おそらく自動発動している通話規制を、状況を見つつ強化・解除するオペを任される。
監視端末に監視対象分のIDを打ち込み、表示。担当になっているのは埼玉県の南部の16個の収容局下。案の定すべての収容局で通話輻輳による自動規制が発動している。NHKでヘリ中継画像が流れ始めている。陸地を津波が走っている?何あれ?さらに複数の基地局の通信途絶アラームが鳴っている。
埼玉についてとりあえず全局の状況は把握。90%近くの規制にも関わらず平時を超える程度の呼量。周囲の助っ人の担当も、同じく関東近辺の比較的問題の少なそうなエリア。さすがに東京都心の官公庁エリアや宮城近辺を任された人は助っ人にはいない。
ようやく東北の運用センターと電話が繋がったみたい。
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