PHSが災害時に強いという話を書いたところ、いろいろとご反響をいただいています。改めて詳しく解説しつつ、いろいろな疑問の解決もできればと思います。
よく、ウィルコム自身の口からも聞かれることには、「PHSはマイクロセルであるため高負荷に強い」という言葉があります。しかしながら、PHSの負荷への強さを表すのに、単に「マイクロセル」というだけでは表しきれない特徴があるということについては、余り詳細に触れることが無いように思われます。
というか、そもそも「マイクロセル」という言葉が、PHSの専売特許だった時代ならまだしも今では3G網でもマイクロセル化などという言葉が使われるようになったため、マイクロセルという言葉が単に「従来よりかなり小さなセル」という程度の意味しか持たないというのが共通認識になっています。
まずこの点で、「PHSがマイクロセルで負荷に強いというなら、マイクロセル化した3Gも当然同様に強いと言えるのではないか」という誤解が生まれる原因となっています。
特に都市部でセルを小さくしていくとどうなるか、というのは前にも一度議論しましたが、セルが小さくなればなるほど、小さな障害物の影響が大きくなるため、遮蔽されて弱まったり反射波が思わぬところで強めあったりして、形状がいびつになり、一部が枝状に伸びたり飛び地が出来たりということが起こりやすくなります。前にも使った図だとこんな感じ。
こんな状態になっちゃったら、そもそも設計がかなり難しく、そんなわけで枝の先っちょで干渉を生む覚悟でかなり密接して配置させざるを得ません。
まずそもそもの仕組み上、こういう配置にしても、PHSであれば干渉しない、というのがPHSがマイクロセルに向いているという理由の一つで、3Gの場合は、こうやって枝状に飛んでしまった先は単に干渉として処理されているだけなんですよね。もちろん、十分に強ければ飛び地セルとして機能するわけでしょうけど。なので、密集による容量改善効果の一部を干渉で打ち消しちゃってるのが3G。容量改善がゼロとは言わないけれど、伸びた枝が伸びた先のセルの電力と常に勢力争いをしている状態です。
PHSの場合は、そもそものコンセプトが「内線電話用システム」なので、置く場所を設計することもないし基地局同士が連携したりするということもないという前提の仕組みになっています。つまり「すべてを知っているのは端末(子機)」という前提。基本的にあらゆる場所で特定の周波数を使うという設定をするのではなく、端末が通話を開始するまさにその時に周囲を測定し、基地局に対して「この辺空いてるっぽいので使わせてもらいますよ」と宣言をするわけです。ですから、「よくわかんないけど下手に飛んでっちゃって干渉出ちゃった」がありません。飛んでっちゃった電波はちゃんとその場にいる端末が測定して「この周波数チャネルは使ってますなぁ」と避けるんです。
これを実現するために、PHSは1つの周波数チャネルの幅をかなり小さく、通話に必要な最低限の幅に細切れにしてあります。なので、ある周波数チャネルを通話に使っても、そのすぐ隣の周波数チャネルは別の用途に使うことができます。また、時間区切りタイプ(TDD-TDMA)のシステムであるため、時間さえ区切れば周波数を好きなように変えることができます。なので、複数の端末を相手にする基地局も、それぞれの端末相手に全く別の周波数チャネルを使って通信することができるわけです。
ところで、3Gの場合も端末による測定はありますが、その場合は逆に「ちょっと干渉多くて厳しいから電力強めによろ」とか言っちゃうくらい。あまりに干渉が多いと基地局もハンドオーバを考えますが、枝状に入り組んだセルの先にある最適な基地局を基地局自身が見つけ出すのは非常に困難ですから、誤ったセルへのハンドオーバなどが起こりやすくなり、干渉の解決ができるかどうかはせいぜい半々というところでしょう(それでも3G特有の信号強度のために通話は途切れずに継続できるわけですが)。3Gでは比較的広い周波数幅を一つのチャネルで占有するので、どうしても「薄く広く」干渉をばらまいてしまいます。測定はあくまで「他の干渉に負けない手段を探すため」なんですね。
このように、端末による自律選択や一つの基地局が特定の周波数に縛られず細切れの全周波数の中から好きな場所を選べるという特徴のため、PHSの場合は、通話が輻輳しそうな場所には適当に基地局を重ねて置くことができます。いくら重ねても端末が「ここ使います」と宣言してチャネルを起動しない限りは周波数は占有されないからです。一方、突然大量の端末が通信を始めた場合には、端末が早い者勝ちで周波数チャネルを奪っていきますが、PHSが公衆で自由に使える周波数が80ほど、それぞれが時間区切りの4スロットを持つので320チャネルがお互いに干渉なく起動できます。それを処理する基地局の数は膨大になりますが、それでも、お互いに関係のない基地局をたくさん置いておくだけで、端末が勝手に空いているところを320個まで好き勝手に持って行ってくれるわけです。基地局は単なる御用聞き。
しかも、端末は端末がいるただその場所での干渉環境を測定するので、究極的に言えば、まさにそのピンポイント、端末周囲数メートルの中に320チャネルがあるようなもの。そこからわずかにずれた場所でも複雑な反射によるセル形状のために電波が届かず干渉しないということもあり得ます。さらにはそういった「複雑なセル形状による干渉除去」を積極的に作ってしまえというのがアダプティブアレイとSDMA技術。わざわざセル形状をリアルタイムで複雑に変化させるなんて一般の携帯電話技術から見れば怖いもの知らずもいいところですが、端末が自主的に周波数チャネルを選ぶというPHSの仕組みがそれを可能にしてしまっています。
要するに、端末が密集し、基地局も十分に密集していれば、勝手にセル半径が小さくなってくれるんです。それこそ、条件によっては半径数メートルという範囲にまで。反射条件やアダプティブアレイの効き方によっては、枝状セルはもとより、ヒョウ柄みたいなセルさえ実現するでしょう。しかし、ヒョウ柄になっている、なんていうのはあくまで基地局側から見た都合。端末はそんなことは気にせず、空いている周波数チャネルをバカ正直に選んで電波が届きそうな基地局に「ここ使います」と宣言しているだけ。おそらく東京都内の密集エリアなどでは、自分がPHSで通話しているとき使っている基地局と、そのすぐ隣に立って通話しているほかのPHSユーザの基地局が全く違うということは当たり前のように起こっているはずです。
そんなわけで、ある程度過剰目に基地局を置いてあれば、災害時などで通話が一斉に発生しても、通話相手先と利用する周波数チャネルが統計的に分散してくれて輻輳しにくい、というのが「PHSが災害に強い」ということの説明になります。
ではここから簡単に一問一答。
Q. 津波で壊滅するなどの大規模災害には弱いのでは。
A. そうですね。というか、「PHSが災害に強い」という言葉の前提が不明瞭でしたね。正確にいうと、「PHSは大規模災害が起こったときに災害の被害を直接受けず停電などもしていない大都市圏での通話輻輳に強い」です。はっきり言っておくと、PHSは直接被害にはめっぽう弱いです。最弱。UPSを装備していない局も多いので停電で一気にエリア全滅、伝送線も大半はまだ一般家庭向け回線と同梱の銅線または光ファイバ、もちろんキャリア品質の災害対策は施されていないので電柱一本が倒れたら多数のPHS基地局が倒れます。「PHSを持っていたら直接被害を受けた地域でも大丈夫」とは思わない方が良いです。大規模に電柱が倒れたり停電したり、そういうことが起こらないレベルの災害で、携帯電話が輻輳で使い物にならなくなったときにアホみたいに強いのがPHS、ということになります。先の大震災での東京都心、というのがいい例ですね。
Q. 今後、品質が落ちていくなどの心配は。
A. 正直、あります。というか、ウィルコムの幹部発言で、「比較的広い大ゾーン局でカバーし小ゾーン局を巻き取って、エリアに影響なくコストを削減します」的なものがありました。あれこそ、PHSの耐災害性を根本的に否定する施策です。確かにデジタル処理技術でPHSの屋内浸透やカバーエリアなどは飛躍的に向上しましたが、それを当てにして大ゾーン化するということは、単に携帯電話の模倣をしているだけ。だから、輻輳への強さは携帯電話並みに落ちていきます。また、装置としてのPHS局は今でも同時に扱えるのがせいぜい十数チャネル(4周波数チャネル分)ですから、広い範囲を一台でカバーすることは、装置側の上限での輻輳が顕著になるということ。アホみたいに密集して隣同士で別の局をつかむくらいの状況にあってこそ、1局の処理能力がプアであっても異常なほどの収容力を実現できるのがPHSマイクロセルネットワークの利点なわけで、それを否定するエリア戦略は、PHSの売りの一つを自ら摘み取るものだと思います。
Q. PHS的な方式が良いのならなぜほかの方式もPHSっぽくやらないの。
A. PHS的なやり方は利点だけではありません。端末が主導するということは、端末がすべて選ばなければならないということ。たとえば、使う周波数チャネルをサーチする、ということにしても、ある程度の時間しっかりと計測してそれでも誰も使ってない、としっかりと判断しなきゃなりません。移動中でのハンドオーバでもそれをしなければなりませんし、まさにヒョウ柄みたいなセルになっているときはハンドオーバ先を誤る可能性が非常に高く、ちょっと移動しただけでハンドオーバしまくることになります。一般の携帯電話では、たとえばこの辺の奴が次に行くやつは大体これがメインだろ、みたいな感じでハンドオーバ先を基地局側が指定するため、切替も早いし、統計的に間違えにくいハンドオーバ先が選ばれるので途切れる危険性も減ります。何も知らない、自分の周囲のほんのわずかな空間の情報しかわからない端末があてずっぽうでネットワークの動作を主導する、というのは、かなり危険な方式です。もちろん基地局がちゃちゃを入れる余地もあるのでそこまでひどくはなりませんが、「システム」として見た時の品質・安定性においてはどうしても情報不足に起因する劣化が出ることになります。PHSが切れやすい、移動に弱いというのはまさにこれが理由です。携帯電話方式はこの真逆を推進していて、ネットワークの各ノード(端末含む)が持っている情報をできる限り共有化し、全体として最適に動作できるようないろいろな仕組みがどんどん作りこまれています。まぁそれをやればやるほど「統計による恣意的最適化=小異を切り捨てるシステム」に進むわけで、PHSのような「小異をあえて活用した分散化」からは遠ざかるわけですが。
Q. ほかにPHS的なやり方にデメリットはないの?
A. あります。周波数を通話最低限レベルに細切れにしておくということは、一周波数チャネル当たりの通信能力もそれだけしかないということです。通常の手段では一つの無線機は一つの周波数しか扱えませんから、おのずと「データ通信速度の最大値」もそれによって制限されてしまいます。2台の無線機を使い最大8スロット(4スロットx2周波数)で最大速度を伸ばすサービスをしていますが、通信速度のスペックをこれ以上伸ばすには、無線機をひたすら追加して束ねる、という方法しかありません。これは当然端末コストも端末サイズも大きなものを要求します。他にも、分散処理に起因するさまざまな能力のかせが出てきます。分散化のために大きな分割損を甘受しなければならない、というのがPHS的方式の最大のデメリットと言えそうです。
ということで今回はこの辺で。
いつも詳しい解説ありがとうございます。
最近家電量販店に行くとPHSは災害に強い(ある意味無敵みたいなこ)とを言っている販売員がいますがやはり直接被害には弱いんですね。勉強になりました。
ところでPHSとは話が変わってしまいますが「災害」という点で一つ質問があります。
以前何かの記事で「災害時に最後まで生き残る通信手段はポケベルしかない」というのを見たたことがあるのですが(たしかYOZAN?)、本当にポケットベルは災害時に(最後の通信手段として)有効なんですか?
”先の大震災での東京都心”・・・それでもまぁ、ある意味強いとは言えるわけですね。PHS-MOBILE.COM読み直さねば・・・。
コストに協力することで侵食計画的にウィルコム網を捕食したSBMの基では、将来的にも災害時の強さが補完されることはもうないですね。UPSに関して考慮されて行くとは思えない。
ある意味コストのSBMには、PHSのインフラは破壊されて逝くだけなのか。(ウィルコム)網の使用と削除はしているものの、用地買収拡大とかは感じられない。自分地なんか2キロ圏内に1基のまんまですよ。