LTE解説シリーズ、今日はLTEのTDD版(TD-LTE)。
と言っても、実際にはフレームの時間方向のアレンジメントが異なっているだけで、ほとんどの仕様はFDD版と共通です。特に、無線リソース制御メッセージやさらに上位のメッセージは定義から何から全て共有しているため、プロトコルソフトウェアは全く同じものを使ってしまってもOK、と言うくらい共通化が図られています。
となると、その大きな、そしてほぼ唯一の違いである無線フレームの違いと、TDD独特の設定、それがどのようにさまざまな場所に影響を与えるのか、と言う点が観点になると言えます。
まずどのように違うのかと言う点は、大雑把に言うと「時間区切りで上りと下りが混在する」と言う点が大きく異なっています。しかし、下り区間はFDDの下りサブフレームとほぼ互換、上り区間もFDDの上りサブフレームとほぼ互換で、ただそれが時間的に混在しているというだけだったりします。LTEのTDDとFDDがデュアルモード化しやすいのはこの違いの少なさから来ています。
ただし、TDD特有の、「上りでも下りでもないサブフレーム」=「スペシャルサブフレーム」と言うものがあります(図中「SP SF」)。下りから上りに切り替わるタイミングでこのスペシャルサブフレームが使用され、TDD特有のさまざまな問題の解決が図られています。
というか、TDD特有の問題と言うと、これはもうそのものずばり、「上りと下りの干渉」です。一つの無線機が一つの周波数上で送信も受信もやる以上、送信と受信がぶつかってしまうことは絶対に許容できません。そのため、TDDタイプの無線システムでは必ずその衝突を避けるための「ガード区間」が設けられます。TD-LTEでは、このガード区間の役割をスペシャルサブフレームが負っています。
しかも、単にスペシャルサブフレームがガード区間となっている、と言うだけではありません。よくTDDタイプシステムの問題として指摘されることに、「このガード区間の長さでセル半径が規定されてしまう=エリア設計の自由度が低い」と言う点があります。これに対して、スペシャルサブフレームはそれ自身が複数の構成パターンを規定しています。
スペシャルサブフレームは、「下りデータの拡張部分」と「上りデータの拡張部分」、そして「ガード区間」から成っていて、このガード区間の長さが可変になっているのです。そのため、狭いセル半径でエリアを作るのならガード区間を短くしてデータ拡張部分を大きく取り、スループットをできるだけ稼ぐ、逆ならスループットを少し犠牲にしてガード区間を広く取る、と言うことが出来るように設計されています。このため、TDD-LTEで使用可能なセル半径は10km~100kmと大きな自由度があるのです。
また、このスペシャルサブフレームは下りフレームから上りフレームに変化する場所だけに挿入されますが、上りから下りでは必要ありません。これもきっちりと基地局と端末の動作仕様を作りこんで、不要でも動くようにしてあるからです(この辺はGIとかTiming Advancedとかいうキーワードがポイントだけど省略)。となると、上りフレームから下りフレームに切り替わるタイミングは、スペシャルサブフレームの位置に関わらず自由に取ることができます。
実際には8パターンほどの切り替わりタイミングが規定されていますが、これはつまり、WiMAXなどと同じように、下りデータ速度と上りデータ速度を事業者が自由に選ぶことができることを意味します。10MHzシステム、2x2MIMOを想定すると、下り約15Mbps+α&上り約15Mbps+αという上下対称構成から下り約60Mbps+α&上り約2.5Mbps+αと言う下り最速な構成まで、の間で選択可能となっています(各数値はさまざまなパラメータでやや増減します)。これはTDDでの10MHzシステムなので、FDD版で言えば5MHzシステム(下り35Mbps上り12.5Mbps)と同じ占有帯域です。
と言うように、従来のLTEと互換性を持ちつつ、TDD独特のフレキシビリティを持っているということがよく分かると思います。もちろん厳密には、TDDであるがゆえのわずかなリソースの浪費はありますが、逆に、FDDシステム・端末を作るときに最大の問題となる、同じ構成のペアバンドが必要になるという点、送受信が同時であるため送信機からのノイズが受信機に回り込んでしまうことを抑えるために(対応バンドによっては)かなり高性能なデュプレクサが必要になる点、などなどがTDDでは全く考慮の必要がありません。さまざまな周波数帯域にさまざまな帯域幅のシステムを配置できるし、端末も安いコストで非常に多くのバンドに対応できるようになります。わずかなリソースの消費に比べて恩恵が多すぎるぐらい、と私は感じています。
ただし。最大の問題は「同期」。TD-LTEではネットワークを完全に同期させる必要があります。実はこの同期ネットワークのノウハウを持つキャリアは世界的には非常に珍しい存在です。CDMA2000か他のTDDセルラーシステムを運用していたキャリアくらいで、日本ではKDDI、UQ、ウィルコムがこのノウハウを持っています。携帯電話事業者では実質KDDIだけと言っても良いでしょう。昔TDDシステムであるTDS-CDMA利用を企図しながらも技術的難度の高さからあきらめたソフトバンクも、ウィルコムを入手したからこそTD-LTEに向かうことが出来るようになった、と私は見ています。アメリカではVerizonとSprint-NEXTEL関係者くらいだし欧州はほぼ全滅、アジアにちょこちょこいるけど大抵はアメリカ企業のノウハウの再利用、と言うくらい。そして中国移動と中国通信ですね。こんな感じでざっと数えられるくらいしかすぐに運用できそうな会社がなく、そのためにTDD版LTEは結構不遇の扱いを受けているように感じます。
このように、技術自体はきわめて使い易いものの、肝心の「同期ノウハウ」を持つキャリアが少ないがために主流になれないTD-LTE。しかし、FD-LTEはいずれは音声も巻き取り携帯電話の主システムとして発展していく、と言うことを考えると、デバイスの大半が共用できフレキシブルにデータオフロードが出来るという点ではTD-LTEはFD-LTEのパートナーとして最高の存在です。TDDとFDDが最初から共通仕様として作られたLTEであるからこそ、TD-LTEとFD-LTEをいかにうまく同時に使いこなせるか、と言うのが今後のAfter 3Gの市場で強く求められていくことになると私は考えています。以上、TD-LTEについてでした。
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