以前に軽く触れましたが、PHSで緊急地震速報は実現できるでしょうかと言うご質問を頂いております。今日はこのネタ。
緊急地震速報の仕組みは以前の解説をごらん頂くとして、基本的な要求条件は「無線区間の輻輳を避ける」「そのために下り一方向だけの信号で完結するように作る」さらに「基地局/制御局の処理輻輳を避けるためポイントtoマルチポイント配信とする」と言う辺りがポイントになるかと思います。こういった仕組みがPHSでも実現できるかどうか、と言うのが要するにこの質問のキモです。
まずは、PHSの端末を呼び出す仕組みを見てみましょう。PHSも一応他の携帯電話と同じような仕組みを持っています。つまり、ページングチャネルによる一斉呼び出しです。各PHS端末は自身に割り当てられたページングスロット(タイミング)を周期的に受信し、自分宛の呼び出し信号がないかを常時チェックしています。
このページングメッセージには、いくつかのフォーマットが許されているものの、原則的には「端末番号(又は電話番号)」がメッセージに載っており、端末は、ページングメッセージが自分の割り当てられたスロットに存在した場合、そのメッセージで指定された端末番号が自分の端末番号と一致するかどうかを判断し、一致すれば「何か呼び出しがあったぽい」と考えてすぐさまリンクチャネルの割当フェーズに進みます。
実はPHSのページングメッセージはきわめて小さく(たった8オクテット、正確には62ビット)、端末番号を伝えるくらいしか能力がありません。つまり、このページングメッセージそのものでは緊急地震速報を伝えるには不足しているということです。
また、公衆PHS仕様では「1端末を呼ぶためには1ページングメッセージが必要」と言う規格上の決まりがあります。このため、たとえば1つの基地局エリアに100台の端末がいれば、ページングメッセージを100個発行しなければなりません。もちろんそれは最短でも5msに一つしか送れませんし、実際の実装上は100msに1個と言うくらいにもなっているため、最も遅れて通知される端末は10秒も遅れる可能性があるということになります。
と言う感じで、そもそもWCDMAやCDMA2000にある「なんとなく全員にお知らせ」みたいな使い方が公衆PHSでは規定されていないため、まず最初の通知に大きな壁があります。
先ほどから「公衆PHSでは」と断りを入れているのは、逆に「構内/家庭PHSでは」これが違うということです。実はページングメッセージの一部のフィールドは構内PHSに限り、「全員を一斉に呼ぶ」と言うことを示せるように作られています。家庭用PHSに複数のPHS子機を登録すると、着信に対してすべての端末が一斉に鳴り始める、あれを実現しているものです。
さてここからはあくまで不真面目に。この構内用に限られたオプションを、強引に公衆で使います。もちろんその時点で非標準なのでもはやPHSと呼ぶことさえ問題となりうるのですが、とにかく、公衆モードでもその同報呼び出しに対応するようにPHSを作ってしまう、と言うことです。
公衆でこの同報モードが使われることは絶対にありませんから、逆に、PHS事業者が自社端末の仕様として「この同報呼び出しを受信したら緊急地震速報と見なす」と言う仕様にしてしまえば、これで簡易緊急地震速報の完成です。もちろん、どこが震源でどんなゆれがいつ来るなんて言う情報は一切伝えられませんが、とにかくこのビットを持ったページングが来たら「地震です」と表示して警報を鳴らす、それだけなら出来ないわけではありません。
ただ、ページングを受けると通常PHSはすぐにリンクチャネル確立フェーズに進んでしまう(全員が一斉に上りで要求信号を発射してしまう)ので、ここも標準規格を捻じ曲げて、この場合だけはリンクチャネルを張りに行かない、と言う仕様にする必要があります。逆にこういう問題があるので公衆PHSでは同報ページングが禁止されていると考えることも出来ます。
さてここから一歩進めて、もし公衆モードでその信号を受け取ったら、別の報知情報を確認する、と言う仕様にすることも出来ます。PHSの報知情報には、通常使われるシステム情報メッセージと第二システム情報メッセージ(各62ビット)に加えて、真ん中がごっそり「予約」となっている「第三システム情報メッセージ」が存在します。この第三メッセージの予約領域は5オクテット40ビット。地震発生県/地域に1オクテット、強さに1オクテット、推定到達秒に半オクテット、と言う感じでコード化して詰め込んでいけば、速報に十分な情報を載せられそうです。
通常、PHSの報知情報チャネルではシステム情報メッセージを繰り返し送信していますが、その中に、第三システム情報メッセージも入れることで詳細情報の通知を行うことが出来ます。ただし。報知情報チャネルは1フレーム62ビット、つまり1メッセージしか送信できません。もし第一第二第三のシステム情報メッセージを同じ頻度で送信すると、単純に受信可能タイミングが1/3に減ってしまいます。
そして、PHSが同じ周波数で自律分散できる仕組みのキモである「スーパーフレーム」と言う概念があります。いくつかのフレーム置きの飛び飛びのフレームをあたかも一つの繋がったフレームかのように扱う考え方ですが、報知情報チャネルを含む制御チャネルはこの概念により時間方向に分散されています。たとえばウィルコムなどは大体20フレーム飛びのスーパーフレームを使っているようです。
そしてこのスーパーフレームのなかに、ページングチャネルと報知情報チャネルとその他共通制御用チャネルがみっちりと詰め込まれることになります。ページンググループがたとえば10個あり、報知情報用に1個、共通制御用に1個のフレームを占有するとすると、報知情報が伝えられるのはスーパーフレーム12個に1個。先ほどの設定だと1.2秒に1回だけ報知情報用スロットがもらえます。しかし報知情報が第一第二第三と三つのメッセージを常時送信するとなると、それぞれ3.6秒に1回の頻度でしか送信できません。
で、PHSの弱点の一つ「高速移動に弱い」、この理由の一つは、PHSでは端末が自分でハンドオーバ先の基地局を見つけるという仕組みだからなのですが、このとき、端末は第一システム情報メッセージを探すという動作をします。もし従来第一第二しか使っていなかった場合、この検索時間は2.4秒ですが、第三も送信し始めると検索時間は最大3.6秒、それだけその検索時間中に通信が途切れてしまう恐れも大きくなるわけで、すなわち1.5倍も移動に弱くなってしまうことになるわけです。
と言うことで、PHSでも(いろいろと標準規格を無視すれば)やろうと思えば出来なくもないのですが、いかんせん、PHSのもともとの仕組み上、同報送信用のチャネルにいろいろ詰め込もうとするとその分ハンドオーバ性能が落ちてしまうという問題が出てきてしまいます。
どちらにしろ、まずは「同報ページング」と言う壁が乗り越えられない限りは、PHSでの一斉同報メッセージの実現には大きな壁があると考えたほうが良いというのが「真面目な」こたえ。そして不真面目な答えとしては「やれば出来るけどやり方によっては犠牲は大きいよ」と言うことになります。
以上、PHSで緊急地震速報を実現するには、のお話でした。
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